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ハンタウイルス感染症の症状・診断・治療

1.ハンタウイルスとはどのようなウイルスか

 ハンタウイルスは、Hantaviridae 科に属するRNAウイルスの総称です。エンベロープ(脂質の膜)を持ち、3本に分節された遺伝子を持つマイナス鎖RNAウイルスで、主にげっ歯類(ネズミ・ハタネズミなど)を自然宿主とします。宿主のげっ歯類自身はほとんど無症状のまま、尿・糞・唾液中にウイルスを排出し続けます。ヒトはその本来の宿主ではないため、偶発的に感染することになります。

 現在ヒトに対して病原性を示すものは主に Orthohantavirus 属に分類されており、世界で50種以上が知られています。

2.ウイルスの種類と引き起こす病気

 ハンタウイルスは大きく2つの病型を引き起こします。どの地域のウイルスかによって病型が異なり、宿主のげっ歯類の種類とも深く結びついています。

腎症候性出血熱(HFRS)
主に欧州・アジアのハンタウイルスが引き起こします。腎障害・血管透過性亢進・出血傾向が主体。発熱・頭痛・腰背部痛から始まり、低血圧・急性腎不全へ進行することがあります。
致死率:<1〜15%(ウイルスにより差あり)
肺・心肺症候群(HPS/HCPS)
主に南北アメリカのハンタウイルスが引き起こします。発熱・筋肉痛・消化器症状から始まり、数日以内に急速な肺水腫・低酸素・ショックへ進行します。
致死率:約25〜50%(ウイルスにより差あり)

代表的なウイルス

Hantaan virus
宿主シロアシネズミ
分布アジア(朝鮮半島・中国など)
致死率5〜15%
Dobrava-Belgrade virus
宿主ヨーロッパキバラネズミ
分布東欧・バルカン半島
致死率5〜15%
Seoul・Puumala virus
宿主ドブネズミ・ハタネズミ
分布世界中(Seoul)・欧州(Puumala)
致死率1%未満
Sin Nombre virus
宿主シカネズミ
分布北米
致死率約25%
Andes virus
宿主オナガコメネズミ
分布南米(アルゼンチン・チリなど)
致死率30〜50%
※ヒト間感染の報告あり
 
腎症候性出血熱(HFRS)型
 
肺・心肺症候群(HPS/HCPS)型
Seoul virusについて:ドブネズミを宿主とし、世界中に分布します。他のHFRS型ウイルスと比べると症状は比較的軽症です。日本国内に理論上存在しうる唯一のハンタウイルスとして注意が必要です。

2つの病型の比較

項目 HFRS
腎症候性出血熱
HPS/HCPS
肺・心肺症候群
主な分布 欧州・アジア(中国、韓国、ロシア、北欧など) 南北アメリカ大陸
主な宿主 ネズミ・ハタネズミ(ウイルスにより異なる) シカネズミ(北米)・オナガコメネズミ(南米)など
主な症状 発熱・頭痛・腰背部痛→低血圧・腎障害・出血傾向 発熱・筋肉痛→急速な肺水腫・低酸素・ショック
致死率 <1〜15%(ウイルスによる) 約25〜50%(ウイルスによる)

3.感染経路――ネズミからヒトへ

 最も重要な感染経路は「感染したネズミの尿・糞・唾液が乾燥して粉塵化したものを吸い込むこと」です。ウイルスを持つネズミがいた倉庫・物置・山小屋・農作業場などを清掃するときに、汚染された粉塵を吸入するリスクが高まります。蚊やダニなどの虫が媒介することはありません。

感染したネズミ
(無症状で保有)
尿・糞・唾液
を排出
乾燥・粉塵化
(閉鎖空間などで)
ヒトが吸入
感染・発症
※その他の感染経路:汚染された物に触れた手で口・鼻を触る/汚染食品の摂取/咬傷・引っかき傷(いずれもまれ)
リスクが高い状況:ネズミがいた倉庫・物置・山小屋・農場の清掃/林業・農作業・キャンプ・エコツーリズム/ペットラットや実験動物との接触/南北アメリカ・欧州・アジア(中国・韓国など)への渡航

4.ヒトからヒトへは感染するのか

 ほとんどのハンタウイルスでは、ヒトからヒトへの感染は起こりません。日本国内や北米で問題になる種類では、ヒト間伝播は確認されていません。

 例外として注目されているのが、南米(アルゼンチン・チリなど)に分布するAndes virus(アンデスウイルス、アンデス株、アンデス型ハンタウイルス)です。このウイルスに限り、長時間の濃厚接触(主に家族・親密な接触)によるヒトからヒトへの感染(ヒト-ヒト感染、ヒト間感染)が報告されています。2018〜2019年にアルゼンチン・チュブット州で発生したアウトブレイク(集団発生)では、34例中11例が死亡(致死率32%)し、ヒト間感染が確認されました。ただし、2022年の系統的レビューでは「共通のネズミへの曝露を除外しきれた研究は少なく、エビデンス全体として必ずしも強く支持するものではない」との指摘もあります。2026年4-5月のMVホンディウス号でのアンデスウイルス集団発生も、ヒトからヒトへの感染の可能性を指摘されています。

5.潜伏期間・症状

項目 HFRS HPS/HCPS
潜伏期間 1〜5週間
(通常2〜3週間)
1〜8週間
(典型的には2〜4週間)
初期症状(共通) 発熱・頭痛・筋肉痛・悪寒・倦怠感・悪心・嘔吐・腹痛(インフルエンザ様)
進行時の症状 低血圧・ショック・血管透過性亢進・急性腎不全・出血傾向(点状出血・血尿など) 咳・息切れ・急速な肺水腫・低酸素血症・心原性ショック(初期から数日以内に進行)

 初期症状はインフルエンザやCOVID-19と非常に紛らわしいため、「1〜8週間以内にネズミ・自然環境への曝露があったか」「流行地への渡航歴はあるか」がハンタウイルス感染症を疑う鍵となります。

6.重症度と致死率

 ウイルスの種類によって重症度は大きく異なります。致死率の高いアンデスウイルスの詳細については、「アンデスウイルスについてのよくある質問」をご覧ください。

Puumala・Seoul(HFRS)
 
<1%
Hantaan・Dobrava(HFRS)
 
5〜15%
Sin Nombre(HPS)
 
約25%
Andes virus(HPS)
 
30〜50%

※致死率は地域・医療体制・症例重症度などにより変動します。バーグラフは最大値をもとにした相対比較です。

7.診断・治療

診断

 発熱+ネズミ曝露歴・渡航歴・集団発生先への参加歴がある場合に疑います。確定診断には血液検査(IgM抗体・RT-PCRなど)が必要ですが、2026年5月初旬時点で通常の保険診療の中で、一般的な国内医療機関ではこれらの検査はできないと思われます。疑われる場合には保健所へ連絡して行政検査として血清IgM/IgG、必要に応じてPCR等の相談という流れになると予想されます。まずは医療機関にご一報ください。

 なお、四類感染症ですので、診断時は直ちに届出対象です。届出については、心肺型ならハンタウイルス肺症候群、腎・出血熱型なら腎症候性出血熱となるでしょう。ウイルス種名は病原体情報として記載するか保健所に相談するのが妥当と考えます。

治療

 確立した特異的な抗ウイルス薬はなく、治療の中心は支持療法です。HPS/HCPSでは急速に呼吸循環不全へ進むため、人工呼吸管理・昇圧薬・ECMO(体外式膜型人工肺)を含む集中治療が必要になることがあります。腎不全には透析が行われます。リバビリン(C型肝炎の治療薬)はHFRSで有効性が報告されていますが、HPS/HCPSへの有効性は示されておらず、日本国内で承認された治療薬もありません。

受診時の注意点:ネズミ曝露や渡航歴・集団発生先への参加歴がある場合は、医療機関にご連絡ください。受診の際にはマスクを着用の上、医療機関の指示に従ってください。

8.予防のポイント

 日本国内で承認されたワクチンはありません。予防の基本はネズミとの接触を避けることです。

  • 物置・山小屋・農作業場など、ネズミがいる可能性がある場所の清掃前には窓を開けて十分に換気する(少なくとも30分)
  • 掃き掃除・掃除機はNG。ゴム手袋を着用し、家庭用漂白剤の500倍希釈液またはアルコール消毒液をネズミの糞・尿にたっぷりかけ、5分程度浸してからペーパータオルで拭き取る
  • 食品はネズミが入れない密閉容器で保管する
  • 建物へのネズミの侵入口(隙間・穴など)を塞ぐ
  • 農作業・キャンプ・林業など野外活動では手袋・マスク(N95相当が望ましい)を着用する
  • 南北アメリカ渡航中のハイキングや山小屋宿泊時は、げっ歯類の痕跡(糞・齧り跡)がある場所に近づかない
  • Andes virusの流行地域(アルゼンチン・チリなど)で患者と濃厚接触する場合は、標準予防策に加えて飛沫予防策を考慮する

9.日本国内での状況

 腎症候性出血熱は日本では四類感染症(診断した医師は直ちに保健所へ届出)に指定されています。国立健康危機管理研究機構(JIHS)によると、国内では1990年代に実験動物由来の集団感染が発生しましたが、1998年以降は国内での患者発生が確認されていません。ただし、Seoul virusはドブネズミを宿主とし世界中に分布するため、国内にウイルスが存在する可能性は否定されていません。渡航者・輸入感染例として引き続き注意が必要です。

10.まとめ:こんなときは受診を

次の状況に当てはまる発熱・体調不良がある場合は、医療機関に相談してください

① 過去1〜8週間以内に、ネズミのいる場所(物置・農場・山小屋・倉庫など)を清掃・作業した
② 南北アメリカ・欧州・アジア(中国・韓国など)に渡航した
③ 実験動物やペットのネズミと接触した
④ ハンタウイルス患者と濃厚接触した

上記に加えて息切れ・咳・血尿・著しい低血圧があれば、医療機関にご一報の上で、迷わず救急受診をお勧めします。
 
参考文献
  • World Health Organization. Hantavirus (Fact sheet). https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/hantavirus
  • WHO Disease Outbreak News. Hantavirus cluster linked to cruise ship travel (2026-DON599). https://www.who.int/emergencies/disease-outbreak-news/item/2026-DON599
  • Reuters. South Africa identifies Andes strain of hantavirus in cruise ship cases. 2026-05-06.
  • CDC. Hemorrhagic Fever with Renal Syndrome (HFRS) Clinical Overview. https://www.cdc.gov/hantavirus/hcp/clinical-overview/hfrs.html
  • ECDC. Hantavirus infection. https://www.ecdc.europa.eu/en/hantavirus-infection
  • Martinez VA, et al. "Super-Spreaders" and Person-to-Person Transmission of Andes Virus in Argentina. N Engl J Med. 2020;383:2230-2241.
  • 国立健康危機管理研究機構(JIHS). 腎症候性出血熱. https://id-info.jihs.go.jp/infectious-diseases/hemorrhagic-fever-with-renal-syndrome/index.html

 

 

【監修医】

本田 謙次郎(Kenjiro Honda)

市川駅前本田内科クリニック院長/医学博士
東京大学医学部附属病院腎臓・内分泌内科
総合内科専門医・腎臓専門医・透析専門医・厚生労働省認可 臨床研修指導医

 

略歴

2005 年 東京大学医学部卒、東京大学医学部附属病院・日赤医療センターで初期研修

2007 年 湘南鎌倉総合病院 腎臓内科

2009 年 東京大学大学院医学系研究科(内科学専攻)入学

2013 年 東京大学大学院医学系研究科(内科学専攻)卒業

2014 年 東京大学医学部附属病院 腎臓・内分泌内科 助教

2020 年 市川駅前本田内科クリニック開院・院長就任

その他 宮内庁非常勤侍医、企業産業医等(日本銀行・明治安田生命・日鉄住金建材 ほか)歴任

 

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