過度なトレーニングに潜む危険
36歳のボディービルダー・北村克哉さんが2022年10月12日に急逝されたと報道されました。お若いにもかかわらず突然の不幸で、心よりお悔やみ申し上げます。
これまでも若くしてボディービルダーの方が亡くなるということがありました。2000年8月3日にはボディービルダーとして活躍されていたマッスル北村さん(北村克己)が若くして他界されました。これから社会でも活躍し、またご本人も周囲の方々も人生を楽しんでいくという時期での急逝は、本当に残念なことです。
北村克哉さんは過酷な減量と高負荷のウェイトトレーニングを行っており、筋肉を作るべく高用量のプロテインを摂取していたということです。また、プロテイン以外の食事制限や過度な減量も続いていたそうです。
医師として本当に痛ましいことで、同じような不幸が起きてほしくないと強く感じます。ボディービルの実際がわかっていない上に、お亡くなりになる前の数日の状況については推測の域を出ません。ジム通いも普及してきている今日、皆様に安全にトレーニングを行っていただきたいという思いがあり、私なりに死因を考えることでスポーツを愛される皆様の体調面での注意点を考えてみたいと思います。
横紋筋融解症ならば腎機能が急激に悪化する
筋肉を酷使すると、筋肉が壊れる横紋筋融解症という病気に誰しもなりえます。横紋筋融解症は、長距離を走った、自転車をこいだなどの場合でも起こりえます。しかし、一般的な運動量であれば、横紋筋融解症となっても軽度の横紋筋融解症にとどまります。
ボディービルダーやスポーツマンは、練習や筋トレのし過ぎなどのオーバーワーク状態で横紋筋融解症が起こることから、オーバートレーニング症候群とも呼ばれることがあります。また、類似の疾患として、行軍血色素尿症と呼ばれるものがあり、行軍後の兵士に認められる黒褐色の尿を特徴とする病気です。現代では、剣道部などの部活の後に見られることが多いです。
横紋筋融解症とはどのような病気か
横紋筋融解症とは、筋肉の細胞(筋細胞)が壊れることで、細胞の中にある酵素やミネラルが急激に血液中に放出されるものです。筋肉が壊れることで放出されるのは、筋細胞の中にあるミオグロビンやクレアチニンキナーゼ、カリウム、リンなどです。ミオグロビンは腎臓の尿細管を詰まらせ閉塞させる結果、急性腎障害といって急激に腎機能が悪化させることにつながります。その結果、ミオグロビン尿と呼ばれる血尿のような赤い尿または黒褐色の尿が見られます。
生命の危険もある横紋筋融解症
検査所見としては急速な腎機能障害のほかに、高カリウム血症、高尿酸血症、高リン血症、乳酸アシドーシスなどが起こります。高カリウム血症が起きると不整脈を誘発させ、生命を落とすこともあります。阪神・淡路大震災(兵庫県南部地震)の時には、瓦礫の下敷きになって足などの骨格筋を長時間圧迫されたことで横紋筋融解症が起こり、救出後に死亡したということがありました。このように横紋筋融解症は放置すると怖い病気です。
低血糖による心不全
報道によりますと、マッスル北村さんの死因は低血糖による心不全であったとされています。さて、低血糖はどのようなメカニズムで起こるのでしょうか。
筋細胞はインスリンの力を借りて、糖分をエネルギー源として細胞内に取り込みます。ですので、トレーニングの前後では糖質を補充することが重要です。一方、プロテイン(タンパク質)は血糖値を上昇させません。
糖質を摂取しなくても、体内には糖新生といって糖分を作るメカニズムがあります。これによって糖質摂取不足でも、通常は血糖値は維持されます。ただし、過度な糖質制限を行うと、糖新生での予備能力を上回る可能性があります。過度な糖質制限が危険とされているのは、こうした背景があります。
脳梗塞ならば突然手や足が動かないなどの症状をきたす
ボディービルダーの方は自分の体を追い込むため、脱水になり、血管を詰まらせることがあるのではないかと考える方も多いと思います。脳の血管を詰まらせると脳梗塞になりますが、比較的大きい血管や重要な部位の血管が詰まると、手足が動かしづらい、しゃべりづらいなどの症状が出てもおかしくありません。普段トレーニングを行っている方にこうした症状が出現すればすぐに気づくと思います。手足が動かしづらかったなどの報告はないので、脳梗塞を起こしている可能性は低いのではないかと考えられます。
怖い心筋梗塞とその合併症
心筋梗塞は、冠動脈という心臓を栄養する血管が詰まる病気です。冠動脈が詰まると、詰まった血管から血液を得ていた心臓の筋肉(心筋細胞)は壊死を起こして死んでしまいます。この結果、心臓の動きが悪くなり、心不全や不整脈の合併症を起こすなどして生命を落とします。一度心筋梗塞を起こすと心不全となるため体調が悪くなり、さらに重症不整脈を起こして亡くなるということはありえます。
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